世界文化遺産
フィルミニの文化の家
Maison de la Culture

フランス中部、大都市リヨン郊外に位置する、再開発が望まれていたフィルミニ市に、市長として就任したのが戦後の復興大臣でありル・コルビュジエと交友のあったクロディウス・プティ氏であった。当時開発をすすめようとしていたのが、旧市街と新市街を結ぶ、すり鉢状のエリア「フィルミニ・ヴェール地区」であり、プティ市長はル・コルビュジエにここにいくつかの建物をつくることを依頼し、《文化の家》《スタジアム》《サン・ピエール教会》《ユニテ・ダビタシオン》が実現した。そのなかで《文化の家》が世界文化遺産に登録された。
全長112mの細長い建物で、各7mのブロックが16スパン続く形状となっている。屋根は132本のケーブルで支えられ、その上に10センチ厚のコンクリートで覆いをし、屋根としているため、側面からは張り出した先端部分を頂点に描かれた放物線が作り出す、緩やかなU字型となっている。そして、隣接するスタジアム側にせり出し、下から見上げると上に反り返ったように見える。
鋭角ではないのでV字とはいえないが、側面のその凹んだ部分に水落としが付いているのは、《レ・マトゥの家》《ロンシャン礼拝堂》《高等裁判所》などと同様である。
サブグラウンドに面した側は、モデュロールによってリズミカルに窓割りされ、挿入された色によって軽快な印象を与える。一方、妻側はコンクリートで塞がれ、浮彫が施されている。
ル・コルビュジエは何度もフィルミニに訪れたが、最後の訪問は亡くなる3か月前(1965年5月)であり、その後は弟子のヴォジャンスキーが後を継いだ。
