アーレンバーグ美術館の魅力
林美佐(ギャルリー・タイセイ学芸員)
美術品コレクターとして知られた故テオドール・アーレンバーグ氏からの依頼を受けてル・コルビュジエが計画した美術館は、ストックホルムの海上に建てられる予定だった。諸般の事情から実現はしなかったが、スロープによって陸から入館し、吹き抜けのある2階ホールから1階の展示室へ降り、回遊するように鑑賞するというル・コルビュジエならではの建築的プロムナードによって展示空間が展開する美術館である。ル・コルビュジエの美術館といえば、≪国立西洋美術館≫(1959)にみられるような、「無限成長美術館」のスタイルがよく知られているが、一方で、パラソル風の屋根をいただく展示館の系列もあった。このスタイルは、最終的に≪ル・コルビュジエ・センター(人間の家)≫(チューリッヒ、1963)に結実した。≪アーレンバーグ美術館≫はこの系列に位置づけられる重要な作品である。
≪アーレンバーグ美術館≫にはパラソル屋根の他にも、カラフルな色使いやスロープ、吹き抜けといった建築的な特徴があるが、これらはル・コルビュジエの他の作品にも認められる。いくつかの作品と比較することで、この美術館の魅力を探ってみたい。
パラソル屋根の系譜
≪アーレンバーグ美術館≫は、凸凹した形状のパラソル風の屋根を本体に載せている形状だが、直方体の本体部分と屋根の間にはガラスが入り、両者は分離していない。最終的に≪ル・コルビュジエ・センター≫において、この屋根は本体から離れ、独立したパラソル屋根として建物本体全部を覆うように建設される。
「水」の展覧会の≪フランス館≫のためのプロジェクト(リエージュ、1937)では、大きなパラソルのような屋根のもとで、展示を鑑賞し、内部を散策し、水辺ではボートに乗って会場内を回ることができる仕掛けとなっている。
「水」の博覧会 フランス館(案) 1937年
Pavillon de la France à l'exposition de l'Eau, Liège
© FLC/ADAGP
「主要芸術の統合」展(ポルトマイヨー、1950)のためのプロジェクトは、「無限成長美術館」とセットで、パラソルのような屋根の下に、回遊しながら作品を鑑賞する展示館を計画している。この計画案を進めたものが≪国立西洋美術館≫の初期案である。ル・コルビュジエは、松方コレクションの収蔵、展示のための≪本館≫に加えて、演劇やコンサートを行うための劇場≪不思議の箱≫、企画展示のための≪企画展示館≫を含めた芸術センターを作ることを提案しており、≪企画展示館≫がこの系列にあたる。
こうしたパラソル屋根をもつ展示館の系譜は、最終的に≪人間の家(ル・コルビュジエ・センター)≫で実現するわけである。
展示施設以外にもパラソルのような屋根が取り入れられた建築はいくつも見ることができる。
「主要芸術の統合」展のための展示館(案) 1950年
Exposition "Synthèse des arts majeurs", Porte maillot, Paris
© FLC/ADAGP
非常に軒が深い屋根のものや、傾斜した屋根が傘のようになっている作品はすでに1920年代から見られるが、戦後のインドでの作品になって、明らかにパラソルとみなすことができる作品が登場する。
≪ショーダン邸≫≪チマンバイ邸≫(1951)がその好例である。両者はアーメダバードの住宅で、実現に至らなかった≪チマンバイ邸≫のアイデアをもとに≪ショーダン邸≫は建設されたことから、この2作品は兄弟のような存在である。
実現した≪ショーダン邸≫を見てみると、四角い箱型の本体建築の屋上に、独立したパラソル屋根が設けられている。しかも、このパラソルには一部穴が開いているため、日差しとともに雨も降りこんでしまうという不思議な形状である。インドでは、風通しの良い半屋外空間が古くから好まれ、宮殿などでは、まさに傘のような屋根をもつ小さな東屋が建物に付随して作られることがあった。ル・コルビュジエは繰り返しインドを訪れ、歴史的建造物を見学しているため、これらを参照したとみられる。≪ショーダン邸≫の屋根に穴が開いているのも、風を通すことを第一義に考えているためと思えば理解できよう。
ショーダン邸 1951年
Villa Shodhan, Ahmedabad
© FLC/ADAGP
カラフルな外観 明るく強い色彩とエナメルの質感
この≪アーレンバーグ美術館≫は外壁がかなりカラフルである。20年代のいわゆる「白い箱」と呼ばれた住宅建築とは異なり、原色が用いられているが、こうした色づかいはル・コルビュジエの戦後建築の特徴である。
マルセイユの≪ユニテ・ダビタシオン≫(1952)では、ロジアの側壁に赤、青、黄、緑などのカラフルな色彩が用いられ、遠目で見ても、明快なリズムを感じさせる。地中海沿岸ならではの強い太陽に対抗した鮮やかさである。
マルセイユのユニテ 1945~52年
Unité d'Habitation, Marseille
Photo : Paul kozlowski 1997
© FLC/ADAGP
≪ユニテ≫以降、第二次世界大戦後の建築作品には灰色のコンクリートがもたらす重たい印象の壁面に変化と強さを加えるべく、原色がところどころで用いられるようになる。
チャンディーガルのキャピトルに建てられた≪高等裁判所≫(1952)や≪州議会議事堂≫(1955)などでは建物の内外に、黄色、緑、赤といった強い色彩が建物を鮮烈な印象を与えている。
同様に、≪ロンシャンの礼拝堂付属巡礼者施設≫(1955)、≪ラ・トゥーレットの修道院≫(1953~60)、フィルミニの≪文化の家≫(1953)、≪ブラジル学生会館≫(1953)、没後完成した≪ル・コルビュジエ・センター≫ではいずれも、コンクリートやガラスと対比するように効果的に原色が塗られている。
≪アーレンバーグ美術館≫の外壁の色彩は、エナメル板(エマイユ、琺瑯)によって構成されている。エナメルはガラス質のため、屋外にあっても強く、発色は艶やかで美しい。ちなみに、ル・コルビュジエの父親は高級時計のエナメルの文字盤職人であったが、こんなところに父親との接点を見ることができる。
建築に用いられたエマイユ作品の代表例としては≪ロンシャンの礼拝堂≫(1955)の扉絵と≪州議会議事堂≫の扉絵が挙げられよう。いずれも鮮やかな扉がその建物の顔となっている。この2作品の場合は、象徴的なモチーフが描かれた扉によって、そこの建物に物語を付与しているが、≪ル・コルビュジエ・センター≫では絵が描かれた1枚の扉絵以外は、1枚1色のカラーパネルとガラス面によって壁面が構成されている。≪アーレンバーグ美術館≫の場合も1枚1色のパネルで構成する計画であった。
ロンシャンの礼拝堂と巡礼者施設 1950~55年
Chapelle Notre Dame du Haut, Ronchamp
Photo : Cemal Emden 2015
© ADAGP
モデュロールによる割り付け
≪ル・コルビュジエ・センター≫はモデュロールの寸法によって構成されているが、同様に≪アーレンバーグ美術館≫もモデュロールの寸法が用いられている。すなわち、パネル1枚が、人が手を伸ばした高さ226㎝と、その半分(へそまでの高さ)である113㎝という寸法を採用した2倍正方形を一つの単位として構成されている。
スロープの系譜
スロープもル・コルビュジエにとってはなじみ深い建築言語であり、さまざまな建築作品に登場する。それは、単なるバリアフリー的発想ではなく、建築的プロムナードのうち、緩やかに移動して空間を体験することを実現するために必要な仕掛けである。
最初にスロープが登場したのは、≪ラ・ロシュ+ジャンヌレ邸≫(1923~25)である。吹き抜けとなっているギャラリーの、湾曲した壁に沿ってスロープが設けられている。住宅建築の傑作≪サヴォア邸≫(1928~31)では螺旋階段と並んでスロープが置かれ、≪クルチェット邸≫(1949)では中庭をまたぐスロープが、プライベートとパブリックの玄関をうまく分けている。いずれも、ル・コルビュジエが建築的プロムナードと名付けた、建築空間を逍遥して楽しむための構成要素の一つである。
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Maisons La Roche-Jeanneret
Photo : Olivier Martin Gambier 2010
© FLC/ADAGP -
クルチェット邸 1949年
Maison du Docteur Curutchet, La Plata
Photo : Olivier Martin-Gambier 2006
© FLC/ADAGP
一方で、屋外に設けられたスロープはスケールが大きく、ダイナミックである。≪繊維業会館≫(1951)では長く長く伸びたスロープが、駐車場から2階玄関を結び、≪カーペンター・センター≫(1961)では、こちらの通りから建物3階にある玄関を通って、向こうの通りへとつながっている。
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繊維業会館 1951年
Palais des Filateurs, Ahmedabad
© FLC/ADAGP -
カーペンターセンター 1961年
Carpenter Center for Visual Arts, Cambridge
© FLC/ADAGP
≪アーレンバーグ美術館≫は陸から離れて海上に建つ計画だったため、船に乗り込むボーディングブリッジのようなスロープを通って入り2階に上がり、内部を歩き回った来場者は、1階から再びスロープを通って陸に戻る順路となっている。トンネルのようなスロープを上った先に、開放的なガラス窓からストックホルムの港の風景が目に入る演出は、来場者をわくわくさせる。
吹き抜けの系譜
≪アーレンバーグ美術館≫の2階のエントランスホールにはカフェがあり、海を眺めながら、お茶が楽しめる。2階の面積は1階の半分ほどしかなく、残りの部分は吹き抜けとなっているため、2階から1階の展示を見下ろすことができる。1階の展示室も吹き抜けによって天井が高く開放感があるため圧迫感をあまり感じない。このスケール感は≪国立西洋美術館≫2階の展示室でも同様である。≪ル・コルビュジエ・センター≫においても、展示室の一部が吹き抜けとなっており、そこに面して屋内階段が設けられている。
吹き抜け空間を、ル・コルビュジエはパリに出る前の1910年代から作っている。≪シュウォブ邸≫(1917)では真ん中に吹き抜けをもったリビングが設けられている。
シュウォブ邸 1917年
Villa Schwob, La Chaux-de-Fonds
Photo : Eveline Perroud 2006
© FLC/ADAGP
パリに出てからのごく初期の作品でも、例えば≪オザンファン邸≫(1922)、≪プラネクス邸≫(1924)、≪ギエット邸≫(1926)といった画家の住宅のアトリエ部分が吹き抜けとなっているし、≪ラ・ロシュ+ジャンヌレ邸≫ではエントランスホールが3層分の吹き抜けに、ギャラリーが2層分の吹き抜けとなっており、変化にとんだ空間が楽しめる空間構成となっている。
Maisons La Roche-Jeanneret
Photo : Olivier Martin Gambier 2010
© FLC/ADAGP
ル・コルビュジエは吹き抜けを好み、実現できなかったプロジェクトも含めると非常に多くの吹き抜けが検討されている。2フロア以上で構成される住宅、集合住宅の場合には、必ず居間の一部が吹き抜けとなっているほどである。
また、≪国立西洋美術館≫がそうであるように、渦巻状に無限成長する美術館の中心部は吹き抜け空間となっている。
以上のようなル・コルビュジエ建築のさまざまな要素が≪アーレンバーグ美術館≫には詰め込まれている。美しい風景を楽しみながら美術作品も鑑賞できるこの美術館は実現できなかったが、3DCGによる再現によってこの優れた空間を体感していただきたい。